神戸用水・煉瓦樋管

氾濫平野の水田を潤す用水路。

(埼玉県東松山市神戸)

写真

明戸の稲作農家が、神戸氾濫平野の水は南側の用水から入ると言っていた用水を見てみた。

名前は神戸用水。

写真

明渠の擁壁を支える切り梁(きりばり)が全体的に設置されているので、あまり感じがよくない。石垣や素掘り区間はない。

水量は潤沢で水はきれいだが、生きものが暮らしやすい水路ではなさそう。

写真

神戸用水はすぐ上流の鞍掛堰から取水され、神戸氾濫平野の南側を流れ、一部は霞堤から都幾川に戻されているが、残りは高坂用水に加水され右岸の農地へ送られている。。

現在、都幾川は明戸集落の北側を流れているが、かつては氾濫平野の中央を細かく蛇行していた。現在の位置に固定され、広い水田ができたのは江戸時代だという。

写真

神戸用水の最上流部に来てみた。

煉瓦造りの樋管がある。

かつてはここが都幾川の右岸堤防だったのだろう。現在は堤防が改良され、さらに上流に樋管が造られたのでこの水門はあまり意味を成していない。

写真

煉瓦樋管から上流はかつての導水路でたぶん素掘り。

かつての神戸用水はこんな水路だったのだろう。

写真

新しく造られた樋管。

まだ納入されていないのか、定礎のプレートが見当たらなかった。おそらく2026年竣工。

写真

そこから上流は堤外導水路になっているが、この辺りは2019年に水害を受けているので様子が変わっているかもしれない。

写真

導水路の先は鞍掛堰の堰尻になっている。

(2026年04月18日訪問)