この古墳に来たのは、友人が古墳好きだったからだが、私としてはここのところ藤原利仁にゆかりの場所をいくつか見てきて、その霊を祀る神社がこの墳丘上にあるからという理由だった。
でも来てみてビックリ。
ものすごく大きな前方後円墳だ。
しかも墳丘の傾斜が急。
駆け上れといわれても登れないんじゃないかっていうような急傾斜なのだ。
これはどう見ても、古墳時代前期の特徴。
かつ、これだけ巨大っていうのはかなり有力な豪族の墓だったんだろう。
鞍部から墳丘上への登れる入口がある。利仁神社の参道だ。
鳥居の横に文化財の看板があった。
墳丘は南北を軸として、南側が前方部。全長は残存部分で115mあるという。
埼玉県最大の前方後円墳はさきたま古墳群の二子山古墳で墳丘が132mだから、この古墳は埼玉県の最大級の古墳といっていい。
鳥居をくぐると参道は鞍部にむかって直登していく。
そこから参道は左に折れて石段に変わる。古墳の後円部だ。
でも巨大すぎるし急勾配なので、まるで自然丘陵を登っていくような感覚だ。
墳丘は全体的に杉林なのでほぼ真っ暗なのだが、ここからはデジカメではなくiPhoneで撮影していくことにする。
後円部は段丘になっていて、その途中に末社がある。
小祠に納められた石祠だ。
神様の名前は不明。暗すぎて肉眼では何も見えんのよ。
後円部の頂上に登ると水盤舎がある。
当然、水道や山水などはないから、この水盤に水が張られることはないのだろう。でも屋根付きの水盤舎になっている。
その先には、石灯籠、狛犬、拝殿がある。
拝殿は凸型拝殿。
凸型拝殿は当サイトの造語だが、拝殿の後部が飛び出ていて内部に本殿の機能が納められているものをいう。
後円部の斜面。
とにかく斜度がすごい。
鞍部に戻って、今度は、前方部のほうへ。
前方部の上に忠霊塔があった。
忠霊塔側には神社とは別の参道が作られていたのでそちらから下山。
利仁神社目当てだったが古墳としても見ごたえがあった。
後日、友人から明るい時間に古墳の写真を撮り直そうと誘われたが、同じところを何度も撮影するのは私のスタイルではないので辞退した。
「きょうは暗いから、きょうは雨だから、きょうは相手が忙しそうだから、次に来たときに撮影しよう」という習慣を自分自身につけたくない。かつてそれで何度も何度も本当に重要な場所の撮影機会を逃し、地べたでのたうち回るような悔しさを重ねてきたのだ。だからたとえ真っ暗でも「面白いと思ったらそこで勝負を決める」という方針でいきたいと思っている。
(2026年01月12日訪問)
