1月12日、友人と都幾川上流に遊んだが、昼過ぎから出かけたためすぐに暗くなってしまった。
東松山の崖線沿いの古墳を見ながら野本のあたりまで来たときにはすでに17時。これから訪れる、野本将軍塚古墳がきょうの最後の訪問地になりそう。
というか、もう日が暮れたので、古墳を観るにもあと15分くらいしか時間がない・・・。
初めて来たので勝手がわからず、とにかく古墳を目指したのだが、正解はたぶん古墳の横にあるコミュニティセンターの駐車場に入れて古墳へ歩くことだ。
ただ、そういう判断をしている間にも刻々とあたりは宵闇に包まれていくから、とりあえず古墳の横の道を進んでみた。
この道はどうやらお寺の参道のようなのだ。
古墳を通り過ぎて、お寺に着いてしまったので、まずお寺にお参りしていくことにした。
このお寺には平安時代前期の武将、藤原
実際には鎌倉時代の武人、野本
参道の入口には庚申塔。
青面金剛は江戸中期の作。
参道の左側には線香地蔵尊という地蔵堂がある。
中には石造の立像があった。
線香地蔵とはいわくありげな名前だが、特に変わった様子はない。
その横には六地蔵。
東松山、吉見町、川島町のあたりでよく見かける供養の護符が貼られていた。
山門は袖塀付きの四脚門。
山門の左前に鎮守の白山社と天神社。
山門をくぐると右側に八体の守り本尊がある。
これは新しいもの。
守り本尊の前には半鐘と摩尼車がある。
摩尼車は横回転タイプ。
本堂。
宗派は曹洞宗だが、本堂入口は土間ではなく、向拝の階段から登るようになっている。
本堂の右側には、玄関、方丈、庫裏。
玄関の前には曹洞宗の開祖、道元の修行像。
その前には閼伽井屋があった。
お寺にお参りしているあいだに、日は完全に暮れ、もはや古墳を見るという明るさではなくなったのだが、せっかく来たのだから古墳も観ていこう。
そもそも、古墳も寺の一部であり、墳丘上の神社はこの無量寿寺の鎮守社なのだ。
(2026年01月12日訪問)
