知多半島南部の最大の名刹、岩屋寺。宗派は知多高野山宗で、ここが本山。末寺は30ヶ寺以上あるという。知多三十三観音、知多新四国八十八個所の札所にもなっている。
訪れたのは午後3時ごろだったが、すでに陽は傾き、金色の陽射しを投げ掛け始めていた。まだ道のりは長いのに、秋の日の落ちるのが早いのには困ったものだ。
寺は海岸からちょっと入った浅い谷筋にある。この境内の雰囲気は独特で、細かいことは覚えていないが、雰囲気だけは忘れられない。簡単には説明しにくいのだが、あえて言えば「少し流行り神がかった、いかにも霊場らしい寺」という感じなのである。
縁日のときなど露天がたくさん出そうな門構えだ。門前には宿屋がある。
境内は道に沿って細長く、奥の方は方丈や書院などがある。
棟門、薬医門などがあるが、観光客が立ち入るスペースではない。
本堂へ入る参道は意外にこじんまりしている。
本堂。
不思議なことに、山の南面にあるにもかかわらず、本堂は谷の出口方向を背にして東面している。本堂に向かって右側が山、本堂の後方はなにもないという景観になっている。
通常であれば、山を背負って本堂を建てる立地と思われるのだが、この配置にはどんな意図があるのか。この寺に来たときに感じた独特の雰囲気はこの伽藍配置が原因なのかも知れない。
かつては七堂伽藍があったといい、現在でも堂の数は多い。
参道を入ったところにある諸堂。
手前から水盤舎、信徒休憩所、弘法堂、袴腰鐘楼。
境内の東端にある阿弥陀堂。
袴腰鐘楼。密閉型で立派なものである。
山側にある宝物殿。
その手前にうす茶色の砂が敷いてある場所は、西国三十三観音お砂踏み霊場。
お砂踏みの砂は、一般的には踏み石の下に埋めてあるものだが、どうもここでは砂利に混ぜてあるようだ。
稲荷社(写真の左寄り)。
右奥に見えるのは輪蔵。屋根には金色の鳳凰がいる。
輪蔵はかなり大きく、見ようによっては多重塔か、大仏殿のような雰囲気だ。
実際、中を見るまでは観音立像などを納めた大仏殿かと思っていた。
戸には鍵がかかっていていたが、左右の地蔵格子から中を覗くことができた。
地蔵格子の隙間からカメラを差し入れて撮影した画像をつなげたものだ。
床と天井が同時に映っているだけでなく、手を差し入れた地蔵格子までが右上隅に写っているという不思議な写真になった。コンパクトな広角デジカメがあれば、こんな写真が撮れるのだ。どんなにいいカメラを持ったとしても、輪蔵の撮影用のコンパクトな広角カメラは私には欠かせない。
輪蔵の手前にあった諸堂。薬師堂(写真右)、地蔵堂(写真中央)、遥拝所(写真左奥)。
輪蔵から奥には大師ヶ岳八十八ヶ所霊場という霊場があり、山頂には弘法大師像があるらしい。
時間がだいぶ押してきた感じなので、登らなかった。
この寺にはまだ奥の院があり、案内図を見た感じでは奥の院方面から車で山上に行けそうな感じだったからだ。
(2001年11月25日訪問)