参道のつきあたりには一間一戸楼門。
なにかとても違和感のある楼門だ。
屋根が切妻だからか?
楼門を過ぎた先にあるのは、春日造りの建物。
境内の伽藍配置からいえば、これが本堂の位置にある。この寺はもとは東照宮で、神仏分離の際にいろいろあって寺になったという珍しいパターンなのだ。
寺の構成要素としては、鎮守社としておこう。
鎮守社の裏手には庫裏。
これは生粋の仏教建築。
庫裏の横には、入母屋平入りの建物がある。
現在の用途は本堂だが、これがもと東照宮の拝殿である。さらにこの建物自体が権現造で背後には石の間と本殿もあり、神社建築そのものである。
こういう寺はちょっと他に思い当たらない。
本堂の前には鐘堂がある。
鐘堂の側に藩主松平家の墓所があるので行ってみる。
寺の奥に幼稚園があり、境内の一部に幼稚園の遊具や二宮金次郎の像があった。
写真に写っている滑り台は、滑降部が塩ビパイプでできたタイプのものだ。捨て置けない物件と思うが、このときはまだ滑り台については観察対象ではなかったのが惜しい。
墓所には袖塀付きの向唐門の中門があるが、敷地に入ることはできる。
唐門を裏側から見たところ。
構造的には四脚門でいいのではないかと思う。腰長押の上が板壁になっているところが、格式高さを感じさせる。
墓所は鳥居があった。
鎮守社の裏手にあった通用門の薬医門。
こちらに駐車場があり、車でも参詣できる。
(2003年04月29日訪問)