鬼女洞を探して地図を見ていたら、近くに
こういうとき、きちんとした根拠があって寺を選んでいるわけでない。「済渡寺」という名前にちょっと名刹臭がしたので行ってみることにしただけだ。
寺の少し手前に石門があった。ちょっと期待が膨らむ。
境内に入り、最初にあるのはこの弁天堂と、、、
鐘堂。
案内板によれば、この梵鐘は1767年に寄進され、境内において鋳造されたそうだ。その際、信徒の女性がカンザシなどを炉の中に喜捨したという。
少し進むと、塔頭とおぼしき建物と手水屋などがある。
左に見える堂は、守恩塔と呼ばれる石塔の覆屋だ。
宝篋印塔の上に宝塔を載せたような変な形の塔。
たぶん、実際にそのような成り立ちなのではないかと思われる。つまりもともと二つだった石塔を合成したものではないか。
基部には室町中期の銘があるというが、全体的に風化が激しくとろけたようになっていてディテールはわからない。
本堂が見えてきた。
その前には一間一戸楼門がある。
山門は一応、楼門と言っておくが、二階の床がなく吹き抜けになっている。つまり背の高い単層の鐘堂といってもいいような門である。
内部には仁王の木像が祀られているので、仁王門とも言えるだろう。
立春大吉の文字の下にはなぜか、ドーマンセーマンが描かれている。陰陽師を起源とするといわれる魔除けの記号だ。
仁王の阿形。
こちらは吽形。
なかなかに個性的。ニス、塗らなきゃいいのになぁ。
山門の中にはおみくじの自販機とダイヤル式の特殊簡易公衆電話(通称、ピンクの電話)があった。
本堂。まだ新しい。築20年くらいだろうか。
本堂の右側には客殿と思われる建物があり、その先に庫裏がある。
庫裏の前にあった弘法大師堂。
境内にあった松の巨木が1991年に台風で倒壊したので、その材を使って掘った木像だという。
この寺で、最も気になるのが本堂の前の棚田の中にある塚だ。
古墳でも富士塚等でもない。「まさに塚! 塚そのもの!」としか言いようがない物件だ。
本サイトの索引には「塚(その他)」という分類があり、塚マニアのためのコレクションとしているが、これほど見事な塚はまだ数箇所しか紹介できていない。
塚は「白龍塚」と呼ばれている。塚の上には石造塔。
塚の前には白龍大善神堂というものがあり、拝殿のような配置になっている。
白竜大善神堂は鎮守社と考えられなくもないが、後ろの塚はおそらくそれなりの身分の人物のの墳墓ではないかと思われる。
(2003年05月02日訪問)