八坂神社。龍福寺の北隣りの区割りにある神社。
敷地はほぼ四角形なのに、鳥居は45度の角度で南西の方向を向いて建てられている。
敷地は広く、その面積は龍福寺(=大内氏館)と同じほどはある。ここもかつては大内氏のなんらかの施設が建っていた場所なのだろう。
南半分は公園と個人の写真館があり、北半分には八坂神社と築山神社というほぼ同規模の神社が並立している。
境内に入るとまずあるのが公園。
ここでは滑り台を見ておこう。
一見するとつまらない物件にも見える、新しい台。だがこれは当サイトでこれまでに滑り台を200基以上紹介してきたが、そのいずれにも含まれないパターンの台なのである。
だとすれば、「サイズが異なる」という観点は分類パターンではなく、①~④のパターンそれぞれに論理和可能な属性と捉えることができる。
つまりこの台は「段差・コーナー型」というべきではないかと思うのだ。当サイトではまだ2レーンの滑り台の収集数は少ないが、いずれ2レーン台の分類体系を定めるときがくるだろう。その際、この物件はひとつの指標になるはずだ。
ほかに小さな滑り台があった。
いまは取るに足らないと思われる物件だが、いつかこれが何か意味を持つこともあるかもしれないので載せておく。
この公園の一角には擬洋風建築がある。
県重文に指定されているが、現在も写真館として営業している。
実はこれは明治20年前後に建てられた建物なのだが、その最初のときから写真館だったのだという。以後、所有者が変わってはいるが、百年以上写真館として営業しているという。
擬洋風の建物は全国にあるが、このように用途が一貫している建築は非常に貴重だと思う。
神社のほうを見ていこう。
これは水盤舎。
井戸。
八坂神社拝殿。
重層の建築であり、楼拝殿の一種といえるだろう。
楼拝殿を翼廊が付属した楼門の一種とする見方があるが、この物件などはどう見ても楼門ではない。
拝殿の後方は幣殿の機能を持っていて、当サイトでいうところの凸型拝殿的なものだ。
そのうしろには三間社流造りの本殿。
この社殿全体は別の場所にあった建物を幕末にこの地に移したものだが、本殿部分は室町時代(1520)のもので国重文。拝殿は本殿と時代が違うように見える。
おみくじの自販機があった。
パイロットランプなどがないことから、電力をまったく使わずに稼働するタイプだとわかる。
価格は30円なので、コイン3枚までを数える機構になっているのだ。40円の販売機というのがあるのかどうかわからないが、4は縁起が悪いのでたぶんないであろう。だとするとこのタイプが受け入れるコイン枚数の最大の例ではないか。
楼拝殿の内部は絵馬が飾られていた。
漫画チックな狛犬。
「扇の舞台」とされる謎の基壇。
神輿庫。
「八坂の家」と書かれている建物。もともとは社家ではないか。
本殿の左側には末社の稲荷社があった。
つづいて、隣の築山神社へ。
案内板などはなく、詳細は不明。江戸後期くらいの建物か。
屋根は鉄板葺きで錆色が浮いているため、遠目には檜皮葺きみたいに見える。修理中だった。
入母屋平入りの拝殿+石の間+入母屋平入りの本殿という構成で、権現造一歩手前という感じの社殿だ。
杯状穴は社殿の基壇や石段、灯籠の基壇などに信仰目的で掘られる穴であるとされている。
私はあまり気にかけたことがなかった物件で、愛好家もいるのかどうかよくわからないのだが、この神社では明快にその解説がされていた。
(2003年09月06日訪問)