小松島市街へ移動し、堀川公園を見たあと近くにお寺があったので立ち寄ることにした。
山門は八脚門の仁王門で、立派なお寺だということがわかる。江戸初期の建物で、市内最古の建物という。
仁王は乾漆仏(?)で、損傷が激しい。
山門をくぐると左右に地蔵堂がある。
その横には
袴腰とは、写真の堂の下半分の富士山みたいな形の板張りの部分のことである。
当サイトでは、2階建ての(2階の床がある)鐘つき堂を「
この鐘つき堂は「鐘堂」のほうになる。
一見すると鐘楼のようにも見えるのだが、中に入ると、、、
改段や床がなく、袴腰部分はハリボテなのだ。
鐘楼のさらに隣りには、多宝塔があった。
新しい塔で、年代的には明治~大正くらいと思われる。
意匠はしっかりしているが、花頭窓のような部分がちょっと不思議なデザイン。
塔のある寺ってそれだけで評価がぐっと上がるよね。
それも下調べせずに偶然に訪れた寺に塔があると、テンションも最高潮になる。
塔の前には五輪塔が林立している。
新しいけれど石造の多宝塔もあった。
建物を見ていこう。
本堂は正面に向拝がない。つまり参拝客を迎え入れることを前提としていない造りだ。当サイトでは方丈風本堂などと呼ぶ。
この地域には阿波公方と呼ばれる足利家の分家があり、本堂はその館を移築したものという伝説がある。
本堂の右側には唐破風が立派な玄関、その右には庫裏。
玄関も阿波公方の館のものだという。
庫裏から前に付きだしているのは納経所と書院。
本堂の左側には大きな納骨堂がある。
中に入ってみると、なんと2階があるではないか。
大仏殿にたまにあるキャットウオークタイプの2階だ。
多宝塔よりも、こっちのほうが興奮する!
本尊は大仏ではないので、2階に登っても拝観上のメリットはないが、登れるだけでうれしい。
夢に出てきそうなくらいすばらしい建物だ。
納骨堂のさらに左には大師堂。
ほかに、鎮守社。
扁額は読みにくいけど、大社宮かな。
境内には「宝寿水」という自噴泉があって、勢いよく水が流れ出ていた。
小松島の南西部は勝浦側の扇状地なので、伏流水が平野部で湧き出ているのだろう。
水盤舎も流しっぱなしの贅沢さ。
境内には望楼部分が広い火の見櫓があった。
2012年のストリートビューを見ると、すでに火の見櫓はない。
(2004年05月09日訪問)