成身院・さざえ堂

内部の吹き抜け空間がすばらしい3階巡礼堂。

(埼玉県本庄市児玉町小平)

2000年に当サイトを立ち上げたとき考えていたのは「さざえ堂を頂点とした巡礼形式のお堂や地下霊場って、信仰の傍流扱いだからインターネットでひそかに紹介してみるか」ということだった。このサイトの最初の記事が会津なのもそうした理由による。

そして、もしかしたら旅をしているうちに書籍でまだ知られていないさざえ堂が日本のどこかに見つかるのではないか、などとも思っていた。当時Google検索がまだ存在せず、世界の解像度は低かった。

ところがサイトを初めてみたものの「記事を書くために各地のさざえ堂を再訪するぞ!」ということになず、近所の檀家寺紹介みたいなことをしていた。そうするあいだに、Google検索、blog、SNSなどの集合知によって世界に対する解像度は上がり、人々の興味の対象はよりミクロなものに向かうようになった。その変化を受けて今さらさざえ堂の記事を書くのも面倒だななどと思うようになっていた。

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群馬に転居してから、久しぶりに成身院のさざえ堂に行ってみたのでこの記事となっている。ここまで紹介が遅れた言い訳でもあるが・・・。

さて、まずさざえ堂が何かとうところから説明しよう。

さざえ堂とは、西国、坂東、秩父観音霊場のミニ写し霊場といってもいいもので、ひとつの建物の中に百体の仏像を祀っている。しかもただ100体の仏像を置いただけでなく、1体1体をまるで美術館や博物館の展示のように順路にしたがって拝めるように工夫されているのだ。

その発想の根本には仏教の三匝(さんそう)という礼拝方法があって、それは3度旋回する行為を伴う礼拝である。さざえ堂は建物の内部の導線を旋回にすることによって、参拝者が自動的に三匝をするようになっている。これがさざえ堂の最大の特徴であり、ゆえにさざえ堂を別名「三匝堂」と呼ぶこともある。

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上図は成身院さざえ堂の断面図である。ちゃんと計測したわけではなく見た目で描いたので正確さはないが、内部は3階でおおよそこのような造りになっている。1階が秩父、2階が坂東、3階が西国で合計100体の観音を巡拝できるようになっている。

さざえ堂というとスロープによる螺旋構造が規範のように考えられがちだが、江戸本所に建てられた最初のさざえ堂はスロープ形式ではなく、この成身院と同じような独立した3フロアからなる3階の建物だった。個人的には3階形式のさざえ堂のほうが好きだ。確かに木造スロープ螺旋構造は奇妙で興味深いが、会津にしても弘前にしてもスロープ型の堂は内部に100体の仏像が納められておらず、単に「螺旋って面白いでしょ建築」になってしまっていて、巡礼の醍醐味がない気がするからだ。もし私が新たにさざえ堂の設計をやらせてもらえるとしたら絶対に3階形式にする!

そして3階形式のさざえ堂のうち、成身院さざえ堂は各階のレイアウトに変化があり、私的には最も好きなさざえ堂なのである。

特筆すべきは2階の構造で、1階の回廊の上部が吹き抜けで、2階の回廊は空中のバルコニーになっていることだ。吹き抜けにより空間の上下の連続性が表現されている。そして図で注目してほしいのは1階は建物の外壁に向いて厨子が並び、2階は逆に内向きになっているという点だ。参拝方向を逆転させることで方向感覚を鈍らせて、まるで迷宮の中を進んでいるような信仰体験を与える設計なのである。

と、ここまででおおよその構造を理解してもらった上で実際の内部の様子を見ていく。びっくりレポートみたいな出し惜しみはしない。内部はきわめて複雑なので、先に図面で構造を把握してから写真を見てもらうくらいが丁度よいと思うからだ。

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入口は右側面の通用口のようなところだ。カギがかかっていて、参道のコミュニティセンターで参拝を申し込むとガイドさんがついてきて簡単な説明をして、カギを開けてくれる。

建物の正面にも桟唐戸があるが、締め切りになっている。建物本来の設計としては正面中央の桟唐戸から入っていたはずだが、戸締まりの簡便さから通用口から参拝客を入れるようになっているのだろう。

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しがたって1階は横から進入することになる。

内部には回廊のような空間があり、上部は吹き抜け、回廊の内側には漆喰で固められた亀腹(かめばら)のような基礎がある。

では、1階の平面図を見てみよう。

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濃いグレーの部分が亀腹で、さざえ堂の骨格はこの3間×3間の基礎の上に建っている。1階の回廊は構造的には下屋(げや)、つまり、(ひさし)に相当する。裳階(もこし)といってもいいいかもしれない。

回廊の上部は吹き抜けなので、まるで建物の中にもうひとつの建物が埋め込まれているようにも見える。

1階の順路は時計回りで、回廊の外周にそって秩父三十四観音の厨子が並んでいる。

回廊の内側は護摩壇になっている。しかし正面部分には亀腹に切り欠きがないため正面から護摩壇には立ち入れない。護摩壇は順路の最終段階で間近に見ることができるので、まずはそのまま回廊を進むしかない。

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正面には厨子はなく、賓頭盧尊者が置かれている程度。1階は面積も広く、外周の左壁、奥壁、右壁だけで十分に34体の仏像を並べることができるからだろう。

もし桟唐戸を開放して堂内を見えるようにしたとしても、外からは一見するとただのお堂にしか見えず、回廊を歩くと初めて無数の厨子があることがわかるという効果も狙っているのかもしれない。

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回廊の最初の角を曲がるとそこから秩父霊場が始まる。

さざえ堂ではこのように決まった順路を進むしかなく、また、その順路は一度も交差することも戻ることもない。

この決まった順路を歩ませるものを当サイトでは巡礼形式の堂、あるいは、巡礼堂と呼んでいる。さざえ堂は巡礼堂の極まったものなのだ。

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多くの一般的な仏堂はお堂の外から仏像を眺める程度だ。堂内に立ち入っても外陣から遠目に内陣の仏像を拝む程度である。

それに対してさざえ堂ではとにかく仏像が目の前にあるように配置されている。まるで美術館や博物館のような設計だ。

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仏像は決まったフォーマットはなく、木造だったり鋳造だったりとまちまち。廃仏毀釈と無住になってから荒れた時期があり、仏像は盗まれたのでその後個人の寄進によって揃えたらしい。

なお、さい銭箱は作り付けではなく、厨子内に小箱が置かれているだけである。

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霊場が始まって最初の角。

順路が折れ曲がることで見通しがきかず、全体が把握できないようになっているのがたまらない。

100体の仏像をひとつの雛壇に並べて、ひと目で100体見えるのではだめなのだ。

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護摩壇背後の回廊を進む。

こうしてコの字型に並ぶ厨子だけでも十分複雑に感じるのに、実は1階のルートは2,3階に比べるとまだシンプルなのだ。

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回廊を1周すると最後は柵で行き止まりになっていて、階段へ誘われる。

ほかにルートはないからこの階段を上るしかない。

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階段を上ると短い橋があって、2階バルコニー部分に進入できる!

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ひぃぃぃぃ~~~~!

面白すぎるでしょ!

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ここがもし太鼓橋になっていたら最高なんだけどね。

というのも、さざえ堂の重要な要素に太鼓橋があるのだが、このさざえ堂にはその要素が欠けているのだ。

惜しい、実に惜しい。たとえ橋長が45cmくらいしかなくてもここは太鼓橋にしてほしかったところ。

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ここからは2階、坂東三十三観音霊場が始まる。

1階の回廊を歩いたとき2階がバルコニーになっているということには気づきにくく、ここに来て初めて吹き抜けの意味がわかる。

では2階の平面図を見てみよう。

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2階は四方の外壁から完全に分離した空中に浮いたような空間だ。四方が吹き放ちで、バルコニーが主な通路になっている。

旋回は時計回り。

1階も時計回りだったが、厨子は左側つまり旋回の外側に並んでいた。2階は逆で旋回の内側に厨子が並ぶ。

もし1階と同じ平面構成だったら飽きてきそうだが、構成ががらっと変わることでマンネリを回避している。

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2階は1階よりも平面が狭いので、内陣にも厨子が並ぶ。

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内陣の厨子。

右側には阿弥陀三尊仏の須弥壇が置かれている。

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廃虚になりかけている三仏堂から一時的に避難してきたものだ。

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なぜか籠が吊るされていた。

これももともと三仏堂にあったものかな。

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室内の左側を見ると柵があって、帰路の階段が見えている。

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この階段は帰路ルートのネタバレになってしまっているので、壁で隠してしまうというのもひとつ考え方としてあると思う。

だが全国の巡礼空間をいくつも見ていると、実は巡礼空間には「これから先に行くルートをチラ見せする」という共通したレイアウトが見られる。つまりここを柵にするのは、これで正解なのだ。

「あれ?ここにも階段がある。いつここへ行けるのかなワクワク」という設計なのである。

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内陣から出る。

内陣入口には導線を強制するような手すりがないため、素通りもできてしまう。ここは手すりをつけて必ず内側に入らなければ先に進めないようにしてほしかった。

ここもこのさざえ堂のすっごく惜しいところ。

それにしても、すごい空間だ。いつまででも見ていられる。

この2階のバルコニー構造は、全国のさざえ堂でも成身院さざえ堂にしかない。

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バルコニーの手すりは低いけれど、下が見えないのでそれほどの高所感はなく、怖いことはない。

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1階の厨子の上には小屋根が載っていて、1階の仏像は見えないようになっている。

逆に、1階からも2階に仏像があることはわからない。

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2階の高さには高窓があって、電灯のない時代にもここからの採光で仏像を見ることができたろう。

回廊の上部が吹き抜けになっているのは単に構造の妙を見せるだけでなく、最小限の開口部で2階と1階の両方に光を届けるという合理性もあるのだ。

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バルコニーの角を曲がって進んでいく。

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厨子のこの角の天井部分。

さざえ堂マニアの人なら、この1枚の板を格子にして、3階空間との縦の連続性を持たせられないかって思ってしまうのではないかな。

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1周すると今度は内側に階段がある。

階段手前には脇障子があって階段入口は隠されている。帰路の階段はネタバレしているのに上り階段は隠すなんて、やっぱりよく考えてある。

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2階→3階は鉄砲階段ではなく、途中に踊り場がある。

重層門や三重塔などの階段で、建物の小屋組みの中を登らせるときにありがちな構造だ。

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その気になれば鉄砲階段で上がる設計にもできそうだが、踊り場を作ることでさらに迷路感が増している。

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階段を上りきるとすぐに180度回転する導線がある。

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3階は旋回に対して外向きに厨子が並ぶ。厨子の向きは1階が外向き、2階が内向き、3階が外向きと切り替わるため、堂内の空間イメージもがらっと変わる。しかも1階と3階は同じ外向き配列なのだが、1階は時計回り、3階は反時計まわりなので印象は違う。ホント、飽きさせない工夫がすごい。

仏教の旋回方法である三匝は、本来なら時計回りと決まっているから、ここで反時計回りになるのはルール違反なのだが、単調さを回避するために導線を逆転するのはアリだと思う。

もうひとつ3階の特徴をあげると、狭い、余裕がない感じがすることだ。2階は主な通路がバルコニーで、外側に張り出した空間だったから厨子の配置に余裕があったが、3階は主柱の内側だけを使って配置しているためとにかくこまごましている。まるでサザエの殻の最後のほうの狭い穴の中を進んでいくみたいだ。

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西国三十三観音霊場のスタート地点。

狭いっ!

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通路の内側には薄壁があり、内陣になっていることがわかる。

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3階の回廊と内陣のあいだは完全に壁で隔てられているわけではなく、手すりになっている箇所もある。

そうしないと背後の回廊に光が届かないからだろう。もちろん、先ルートのチラ見せ効果もあるが。

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左側の回廊。

左右の回廊は花頭窓からの光が入るようになっている。

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コの字型の回廊を一周すると、内陣部分へ進む。

ここは手すりで無理やり内陣へ入らせる導線だから、2階の内陣にも手すりをつけてほしかった。

それと欲をいうならば、3階内陣の床の中央60cmくらいは空いているから、ここは吹き抜けにして2階内陣が見えるようにしてもよかったのでは・・・さざえ堂マニアの妄言だけど。

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3階内陣の中央には西国29番松尾寺の本尊を写した馬頭観音が配置されている。

100体の中で、この仏像だけがたまたま特別な配置になっている。

ついでにもうひとつ妄言吐くと、2階に摩尼車を設置して参拝客が回すと、その軸が3階にも伸びていて本尊の蓮弁が回転するとかしてほしい。私ならそうする!

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内陣の天井は格天井で、ここにも今井琴谷(きんこく)の花鳥画がある。向拝に比べて光や風が当たらないからか状態はいい。

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内陣をコの字型にひとまわりすると、100観音のすべての巡拝が完了。

3階正面の1間は桟唐戸で、ここから外側のバルコニーにも出られるが現在は締め切りで外には出られない。欄干が低くて危険だからだろう。

江戸名所図会や浮世絵に描かれているさざえ堂ではバルコニーに出て景色を眺める人が描かれている。

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3階天井裏へ登れる仮設のハシゴがあった。

どんなメンテナンスが必要なのだろうか・・・。

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ここからは帰路になる。

3階→2階階段は、往路と同じく途中で直角に曲がっている。

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3階→2階→1階は、一直線に下りる。

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さっき2階の内陣で見た階段を下りているのだ。

参拝客でごった返しているようなときには、手すりを挟んで人が顔を合わせたはずで、それはそれで面白いだろう。

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2階から1階へ。

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最後の階段も往路からは見えない位置にうまく隠されていて、護摩壇の内部に下りてくるということは最後になって初めてわかる。

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護摩壇と通路は手すりで分離されている。

この手すりはやけに木材が新しい。最初からこの設計だったのか不明だ。

ただ基本的に手すりで導線を分離するのはいいことなので、ほんと、これを2階にも・・・

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護摩壇はルートの最初にガラス越しに見えるが、ルートの終わりで間近に観察できる。

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ただし扉があって内部には立ち入れない。

護摩壇部分は3階の高密度な陳列からすると、かなり空間に余裕があり少し寂しい感じだ。

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最後に亀腹の切り込みのところから1階の回廊に出る。これで入口のところに戻ってきたことになる。

いや~面白かった。

さざえ堂は、全国100ヶ所のお寺に参詣したのと同じ御利益が得られるという信仰的な意味だけなく、建物空間としての見ごたえもある。当サイトの掲載スポットのなかでもトップクラスのお勧め物件だ。

(2014年05月25日訪問)