この場所のことを知ったのは珍寺大道場の記事だった。敬けんな信仰の場なので珍寺大道場では名前と場所は伏せられていたが、大分に行ったらぜひ行ってみたいと思っていた場所なのである。
先に結論を書いてしまうと、ここ「シシ権現」は猟師がイノシシやシカの頭骨を奉納するという洞窟なのだ。
名前と場所については珍寺大道場のサイトでは伏せられているが、その後の小嶋独観氏の著書『奉納百景』では解禁されているので、ここでもオープンに書いていく。
シシ権現は臼杵川の源流部、人家が途絶えるような山奥にある。
ここであろうと目星をつけていた場所に車を停めると渓流に沈下橋があり、その先に鳥居が見えた。
渓流を渡り、道なりに進んでいくと社殿が見えてきた。
熊野神社とある。
本殿は切妻の妻入りのRC造で、本殿は洞窟内にめり込むように建てられている。
探しているのは洞窟なのだが、この本殿の洞窟はどうも様子が違う。
拝殿の横に石段があるじゃないか。
とりあえず登ってみよう。
岩の割れ目があるけれど柵があって入れない。
鍾乳洞みたいな洞窟もあるが小さくて入れそうにない。
でも道が続いているのでどんどん登ってみよう。
あれ~っ? 人家と車道がある場所に出てしまった!
臼杵川からは標高差で70~80mは登ったぞ。
どうやらこの場所は熊野神社の本来の駐車場で、神社は谷を降りていく下り宮らしい。
もう一度、参道を下って熊野神社まで戻る。
途中も洞窟がないか注意していたが、それらしきものは見当たらなかった。
ほかに可能性があるとしたら、川辺の鳥居を潜ったところから左岸を下流のほうへ行けるルート。
もっともルートといっても、ケモノ道に毛の生えたような道なんだけど、もうここを進むしかない。
道が細くなってきたところで、崖のほうに鎖が見えた!
これだ、これに間違いない!
結局、熊野神社のほうへ行ったらあかんかったのだ。
岩の割れ目に足を掛けられるとはいえ、ほぼ垂直に近い崖を鎖にしがみついて登る。
えぇと、今回の旅の記事、すでに100ページ以上書いているので忘れられているかもしれないが、これ、新婚旅行なのだ。
20mくらい登ったかな。その場所から崖伝いに左のほうへ移動すると洞窟を発見。
やっと目的地に到着。
洞窟の中には足の踏み場もないくらいおびただしい数の獣の骨並んでいる。シカの骨もあるけれどほとんどがイノシシだ。
この場所は、地域の猟師が感謝と供養のために、その年の最初に獲れた獲物の頭を奉納するのだという。
骨の数は1,000~2,000体くらいはあるだろうか。たとえば、ここを信仰している猟師が50人いたとして、少なくとも数十年分の頭骨があるということだ。
「骨」というとおどろおどろしく聞こえるかも知れないが、実際に立ち入ってみると気持ち悪いというよりも神々しい場所という印象を強く受ける。
怖い感じはない。
これは人にもよるのかも知れないが。
洞窟の深さは10mくらいだろうか。
洞窟内には石祠が2つ置かれている。
こちらは左側の石祠。
左壁のあたりにはイノシシの頭骨がきれいに並べられている。
ここの骨は頭蓋骨と下顎骨がテグスできれいに固定されていて、額には猟師と思われる名前が書かれている。住所は宮崎県のものも目立つ。
この洞窟は熊野神社の奥の院らしいが、骨は熊野神社の氏子が奉納しているのではなく、広い範囲の猟師が利用しているという。
こちらは右側の石祠だ。
洞窟の一番奥は下顎骨が多く、祠の周りに乱雑に積もっている。神様への奉納にしては、ずいぶん雑な置き方に見える。
想像でいうけれど、ここは元々岩陰遺跡みたいな場所で、近代人が発見したときにはすでに動物の骨があったのではなかろうか。それをなぞるように、自分たちも獲物の骨を投げ込んだのがこの信仰のはじまりなのではないか。
骨は真っ白なものと、元々肉がついていたのではないかと思われるものがある。
入口付近の石碑みたいに見える岩にも下顎骨を中心とした奉納がある。
骨の古びかたを見るに、下顎骨の奉納が古い形態なのではないかな。
私は骨に不思議ないとおしさを感じている。
山を歩いていると死んだ獣を見つけることがあり、新鮮な頭骨は持ち帰って本棚に飾ってある。夏なら1ヶ月くらい土に埋めておけば、肉や革はすべてなくなって真っ白なきれいな骨になる。
その骨を見ながら、自分の頭骨の形を指で確かめてみると、何のことはない、生き物って死んだらみんな骨になるんだなという親近感が湧いてくるのだ。
洞窟奥から出口方向を見たところ。
たぶん石灰岩質の洞窟で、鍾乳石みたいな形状が多くみられる。
帰りはまたこの崖を鎖で下りなければならない。
こんな場所によく石祠を持ち上げたな。
参道の登り下りと、崖の昇り降りでけっこう汗ばんでしまった。
臼杵川側からシシ権現へ行く場合は、橋を渡ったら右の道へ行くようにしよう。左の道を行くと熊野神社があるのでお参りすべきだが、その先の参道には何もないので行ってもしょうがない。
ちなみに、川の右岸には見事な柱状節理があった。
川をはさんで左岸に鍾乳洞、右岸に火山性の地質があるのが不思議だ。
(2012年03月26日訪問)