長楽地区の氷川神社。ほんと荒川水系には氷川神社が多い。この神社の横の道は何度か通ったことがあるので、せっかくなので1度くらいはお参りしていくことにした。
鳥居は両部鳥居で真っ赤に塗られている。しかも笠木の上が瓦葺きという色々詰め込んだ感じ。
拝殿。
切妻の板倉みたいな開口部の少ない拝殿だ。
拝殿の内部。
扉の奥が本殿へつながっているはずだが、まったく見えない。
狛犬。
拝殿と本殿のあいだは石の間で接続されている。
本殿は覆屋に入っていてまったく見えず。
本殿の背後には末社と板碑。
板碑には秋葉権現、熊野権現、東照権現の文字。権現つながりなのかもしれないが、不思議な組み合わせだ。
本殿の右側には「修堤記念碑」がある。
大正2年8月27日に都幾川の左岸堤防が4ヶ所で破堤したのを修復したという内容が詳細に書かれている。
この神社は都幾川のすぐ近く。以前に紹介した枠上の九頭龍権現の堤防の川裏になる。
本殿の左側には長楽集落センターという公民館施設がある。一部分が神輿庫になっているようだ。
境内は長楽児童遊園地という公園になっている。
遊具は、ブランコ、シーソー、チョロギ型ライド。
メーカーは推定で日都産業。
公園内にあった碑。
この地は物部氏にゆかりがあり、かつて多くの困難があったが先人たちの人力と神仏の守護によって、四季は穏やかに巡り、五穀豊穰がもたらされるようになった。ここに祠を建て『田護祠』と名付けたのは、日々私たちの生活を見守り、災いから救ってくださる神への感謝を忘れないためである。この祠を大切に守り続けることで、子孫に至るまで安らかに暮らせることを願い、その歴史をここに刻むものである。
というようなことが書いてある。たぶん。
ただ、田護祠がどこにあるのかはよくわからない。碑の横にある辻堂がそうか?
辻堂の内部。
左側は青面金剛。
銘はたぶん宝暦4年(江戸中期)。
右側は馬頭観音。
こちらは銘がくっきり読み取れる。安永4年(江戸中期)。
車道側には消防倉庫と火の見櫓跡がある。
2012年のストリートビューを見るとまだ火の見櫓が残っている。
都幾川が氾濫した場合の浸水は1.7m。多くの家が床上浸水するだろう。
神社の南側には用水路がある。
町の兵庫「川の水 いつもきれいな 川の町」という看板が出ている。
看板の下には用水路が流れている。けっこう水量がある。矢来用水の分水ではないかと思われる。
(2025年09月17日訪問)
