曲輪稚蚕共同飼育所を見学させてもらったとき、宿直室に息障院が発行した養蚕の護符があった。
いまでもその護符があるのか確かめるために息障院に来てみた。
息障院は最盛期には120ヶ寺以上の末寺を持ったとされる大寺だった。
またここは源範頼の館跡とされている。
寺の前には濠があり、土塁で囲まれている。これが館の痕跡なのだろう。
源範頼は頼朝の異母弟で、義経とともに木曽義仲や平家戦った武将だ。吉見地方を領地としていたとされる。
山門は袖塀付き四脚門で名刹の風格がある。
欄間彫刻は「虎渓三笑」。
中国の故事で山に隠遁した仏教僧の元を儒教の専門家と道教の専門家の友人が訪ねた。仏教僧は俗世を捨てた身なので虎渓という谷にかかる橋より下界には行かないと誓いを立てていたが、友人を送っていく際に話が弾んでその橋を越えてしまった。そのことに気付いて、三人で笑いあっているという場面。
背面は虎。
他に袖塀にクジャクなどの彫刻があり見どころの多い山門だ。
山門をくぐると左側に地蔵堂。
桟唐戸で固く閉じられていて内部の様子はわからない。
地蔵堂の濡れ縁になぜか車長持が置かれていた。
基本的には商家の家財で、お寺で使うものではないと思う。
地蔵堂の背後にはたくさんの石仏がならぶ。
主に地蔵菩薩や如意輪観音。
五輪塔もたくさんある。
源範頼らを供養したものか?
宝篋印塔。
享保18年(江戸中期)の銘がある。
石造の不動明王。
地蔵堂の右側にある鎮守社の天満宮。
その内部。
参道の右側には袴腰鐘楼。
袴腰部分の比率が大きく、ちょっと鈍重な印象。
本堂は松があって全景が撮りにくい。
新しい建物だ。昭和末期~平成時代くらいか。
本堂の内部。
本堂の右側には玄関と庫裏。
養蚕の護符がいまもあるか尋ねようと思ったが留守だった。
庫裏の前には池がある。
さらに池の南側には大きな長屋門。
寺子屋でもやってたのかな。現在はお寺が幼稚園を経営している。
近寄れないが、幼稚園の敷地内に誕生仏と白象。
日本では灌仏会(花まつり)で使われる像だが、これは移動できそうにないので、この場所で祭礼をするのか?
(2026年07月01日訪問)
